My everyday life from Yeosu/여수/麗水, Korea.


2017/03/10

選ばなかった人生






今週、ドンちゃんの会社の同期の集まりがありました。同期のうちの一人が今月結婚式を挙げるので、その招待状を皆んなに配りたいからという目的で開かれた会でした。結婚する彼のことをよく知る私も誘ってもらって、ドンちゃんと参加しました。

見たこともない貝がどっさり盛られた鍋をつつきながら、お酒を飲んで、皆で彼をお祝い。ただし、その場を包むのは、祝福というより、どこかホッとした安堵の空気というのも、彼は今回、二度目の結婚だから。1度目の結婚は破棄になってしまったんです。


外国人の彼女と結婚するというのを聞いたのは、私たちも結婚して間もなかったころ。彼はすでに独身寮から家族用の社宅に移り、これから始まる新婚生活の準備を一人でしていました。二人で彼を祝福しました。国は違えど、同じ海外から嫁いで来る仲間が社宅にいるんだなって思うと嬉しかったし。

休暇をとって、彼女を迎えに行ってくるという彼に、行ってらっしゃい!と声をかけたはいいけれど、一人で韓国に帰ってきた彼。そして、いつまでたっても彼は新婚生活のために準備した家に、一人っきり。どうやら、色んな事情があって、彼女とは結婚できなかったということを知ったのは、それから間もなくしてから。

そんな彼の過去を知っていた分、今回の結婚の知らせに皆で安心し歓喜したのでした。招待状用に撮ったウエディング写真の二人はあまりにも幸せに溢れていて、良かったね、おめでとうという言葉しか出てきません。

結婚の約束までした彼女との別れを選択した彼。その選択の先に、今の彼女との出会いがあったわけです。


この集まりに参加してから、人生の選択、それ自体について少し考えました。


人の人生とは選択の繰り返しですよね。今立っている場所も、過去のどこかで選択をした結果であるわけで。何かを選らぶ行為には、何かを「選ばない」という行為が背にあって。つまり、人は誰でも選ばなかった人生があるわけです。

もし、あの時別れていなかったら、とか。もし、あの時夢を捨てなかったら、とか。今がどんなに幸せでも、過去に選択しなかったもう一つの人生を考えることは人間誰でもありますよね。

私の場合、人生一番の選択は、やはり結婚してヨスに行くか、日本にいるか、でした。その時、ドンちゃんのそばにいることが何よりの自分の幸せである、という確信があって、ヨスに行くことを選びました。日本にいることは、幸せじゃない、って思ったから。


でも今は少し違います。きっと選ばなかった道を生きる私も、幸せなんじゃないかなと、思えるのです。だって、今がものすごく幸せだから。今がこんなに幸せなんだから、どの道に進んでも私は幸せに暮らせるんじゃないかなって思えるのです。根拠ない自信だけど、直感で。もちろん、あの時私がした選択は唯一で最善だと思うし、ドンちゃんがいない人生なんて考えられないけれど。

でも、選択しなかったもう一つの人生の自分もきっと幸せに生きているかもって思えることは、悪くないなって思います。


写真は結婚する彼を囲み、皆で食べた貝の鍋(動画を切り抜いたので、見にくいかもしれません)メニュー名は「해물찜」なので蒸し料理だけど、탕料理に近いと思う。〆はここにラーメンを追加。ものすごく良い出汁がでて、美味しかったです。




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